HOME » 設立趣旨
ガイガーフクシマ

福島県産のガイガーカウンターを開発いたしました

お問い合わせ ツイッター 営業支援隊ショップサイト

設立趣旨

特定非営利活 動法人営業支援隊の設立趣旨

(前文)

近代日本は、いわゆる西洋型の物質文明を急速に取り入れながらも、日本古来の文化を上手に加えながら、繁栄を続けてきた。

近年の日本は、西洋型の物質文明の極みを経験したが、泡のように儚く直ぐに消え去ってしまった。 それは、日本の良いところを忘れ、ひたすら己が欲だけを追求した結果であった。

今こそ、日本人として生まれた自分自身を見つめ直し、もう一度日本人としての誇りと自信を取り戻す時である。 即ち、日本の文化、伝統、歴史に誇りを持ち、それを静かな矜持を持って生きる。 これからは、「活力のある経済」・「力強い(国際)競争力」を持ちながら、誰もが勇気を持って失敗を恐れずに、挑戦ができる「日本古来の優しさと暖かみの ある社会」を創っていかねばならない。

(営業支援隊 の理念)

草莽崛起、独立自尊を合言葉に世直しを図ることが営業支援隊の理念である。
維新回天の担い手である、吉田松陰の至誠と、高杉晋作の美意識を改めて、深く認識・ 理解することで、日本人元来の美意識と誇りを取り戻すことが目的である。

(吉田松陰の 至誠)

吉田松陰は至誠の人であった。それは次のように貫き通された。

(1) その場その場で、その状況においてできることを最善をつくしてやっていこうという姿勢を貫いた。

(2) その死生感は「死して不朽の見込みあらばいつでも死すべし。生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。僕が所見にては生死は度外において唯言うべきを言 うのみ。」というものであった。

(3) その行動は「僕は忠義をするつもり、諸友は功業をするつもりらしいが、功業、すなわち世俗的な成功を求める君らは勝手な行動をとればよろしい、今後はひた すら忠義にこだわる同志数人で頑張る」と一途なものであった。

吉田松陰は天朝奉事・王臣論に基づく尊王藩たることを改めて標榜し、勤皇の意を明らかにしました。日本は万世一系の天皇が治める国であるから、万民がすな わち王民、王臣となることに疑問の余地はない。その信念を吉田松陰の講孟余話で次のように述べている。「いったい君と父とは、わたくしにとって、その意義 から見れば一つのものである。されば、自分の君を愚鈍である昏迷であるといって、生国を去って他国へ往き、そこに仕官するということは、自分の父を頑迷で ある愚鈍であるといって、家を出て隣の家の老人をわが父親だとするのと同じである。 天下を善くしようと思って自分の国を去るということは、国を治めようと思ってわが身を修めないのと違いがない。修身・斉家・治国・平天下ということは「大 学」に示されている順序であって、決してこれを乱すべきものではない。 君に仕えて意見が合わぬ時は、諌死するもよい、幽囚されるもよい、飢えて死するもよい。これらの状態に陥った時には、自分の一身においては、功業も名誉も ないようであるが、臣下としての道を失わず、永く後世の人々の模範となり、必ずその態度を観て感動し、奮起する人も出て来るものである。かくしてついにそ の国の風が確定して、賢愚貴賎の区別なく、人々すべて節義を尊ぶようになるのである。

だいたい、漢土にあっては、聡明叡智にして万民の上に抜け出ている人物が、民衆の君となることを道理としている。それ故に古代の聖王である帝尭や帝舜は、 その帝位をすぐれた他人に譲り、殷の湯王や周の武王は、その主、夏の桀王や殷の紂王を放伐したが、この行為は聖人たるの資格に妨げがないとされている。

これに対し、わが国においては、上は皇室から下は諸藩に至るまで、千万年にわたって、君主の地位を世襲して来て絶えなかったこと、なかなか漢土と比較すべ きものではない。わが国の臣は譜代の臣であるから、主人と死生や喜憂をともにし、たとい死に至るとも主を棄てて他国へ去るという道理は全くないのである。

ああ、わが父母はどこの国の人であるか。自分が着たり食べたりしているのこの衣食はどこの国の物であるか。書物を読んで道義を識知するようになったのは、 誰のお陰であるか。今、少しばかり主人と意見があわないからといって、突如としてこの主人のもとを去るならば、自分の心うちにどのようであるか。わが国の 国体が外国のそれと異なっている根本の道理を明らかにし、全国の人々は国を挙げてわが国のために死し、全藩士は藩を挙げて自藩のために死し、臣は君のため に死し、子は父のために死ぬのだという信念が確乎として定まるならば、どうして諸外国の侵入を畏れる必要があろうか。何とぞ諸君と、この大義の究明具現の ために奮起したい。」

幕末の緊急存亡の時に、天下は幕府が私有するものではなく、外国の侵略を受ければ、幕府をはじめ全国の諸般がこぞってこれに対抗するように進言した。まさ に国を挙げて、この対外的な危機に対処しようという松陰の叫びであった。

吉田松陰が最後に行き着いた政治変革の主体は「草莽」であり、その行動の原理が「崛起」であった。この「草莽崛起」の論理こそが、後に高杉晋作ら松下村塾 の塾生たちを核として結成された、奇兵隊をはじめとする諸隊を生み出し、明治維新を推進とする原動力をなるのである。「草莽」とは、幕府や藩の権力に連な らない在野の志士をいう。松陰は、草莽たちが決起し、現今の危機的状況を打開する、その変革の情熱に期待した。

吉田松陰は次のように述べている。「今の幕府も諸侯も最早酔人なれば扶持の術なし。草莽崛起の人を望む外頼みなし」、「政府を相手にしたが、一生の誤りな り。此の後は屹と草莽と案をかへて今一手段遣ってみよう」、「草莽崛起、豈に他人の力を假らんや。恐れながら、天朝も幕府・吾が藩も入らぬ。只だ六尺の微 ?が入用」在野の草莽としてあらゆる可能性を信じて死ぬまで諫争する、つまり一身をかけて諫争につぐ諫争を繰り返す、松陰のいわゆる勤皇の死をめざすこと に他ならかった。

自分が崛起の人となって死んで見せなくてはならないという。時勢が来るのを待つのではなく、時勢を作り出すのであり、そのために一人でも やってみせる」と。 吉田松陰が刑死前夜にしたためた次の歌は日本国民の真実の吐露である。 「かくすればかくなるものと 知りながら 己むに己まれぬ 大和魂」 「身はたとい 武蔵野の野辺に 朽ちぬとも 留置かまし 大和魂」

(高杉晋作の 美意識)

高杉晋作は吉田松陰の意志を引き継ぎ、奇兵隊を創設し、防長割拠を実現した。その結果として薩長連合が成り、幕府を倒して明治維新を成し遂げ、諸外国の侵 略から日本を守った。

奇兵隊は「寡兵を以って敵衆の虚を衝き、神出鬼没にして彼れを悩ますもの」、「常に奇道を以って勝を制するもの」である。この「異端」としての兵力、ない しは遊軍的軍事力の創出は、およそ伝統をそのまま踏襲する停滞的な社会からは生まれない。

いや、そうした伝統的、停滞的社会を桎梏と感じ、新たなる社会と 来るべき世界への飛躍をめざしているときにのみ、その旧体制突破工の尖兵としてこうした軍事力は登場する。それが奇兵隊なのである。 防長割拠は「大割拠の方針のもと、富国強兵の日新の政治を目標とすべし」の方針の下に、奇兵隊が先駆けとなり、実現された。「維新回天の業は、長州一藩で 成し遂げてみせる。(長州が一藩火の玉となって動かなければ、天下は動かない)」、「いまより、長州男児の肝っ玉をお目にかける(功山寺決起)」 高杉晋作は図抜けた融通性と、変幻自在の才覚の持ち主であり、一方で頑なまでに日本人の美意識・武士道・大和魂の持ち主であった。

「長州はな、義を第一に 重んじる。義とは我を美しくと、書く。戦いの勝敗は時の運、事の成否は天命を待つしかない。だからせめてものことに義を樹てよ、美しくあれ、というの だ」、「事が成っても、夢に描いた世の中が来るとは限らんのだ。たとえ見栄にせよ、美しく事を成なせば、事成らずとも人の世を美しくする、、、、それでよ いのだ」、

(日本人の美 意識)

我々、営業支援隊は日本人の美意識をこの激動の時代に、今こそ示し、それ核として世直しを行う。 「しきしまのやまと心を人とはば朝日ににほふ山ざくらばな(肖像自賛)」(本居宣長)

大和魂とは、ひ弱な人工栽培植物ではない。自然に生じた、という意味では野生のものである。それは日本の風土に固有のものである。その性質にあるものは偶 然、他の国土の花と同じような性質を有しているかもしれない。だが本質において、これは日本の風土に固有に発生した自然の所産である。また、私たち日本人 のサクラを好む心情は、それがわが固有の産物である、という理由によるものではない。サクラの花の美しさには気品があること、そしてまた、優雅であること が、他のどの花よりも「私たち日本人」の美的感覚に訴えるのである。

私たちの日本の花、すなわちサクラは、その美しい粧いの下にとげや毒を隠し持ってはい ない。自然のおもむくままにいつでもその生命を棄てる用意がある。その色合いはけっして華美とはいいがたく、その淡い香りには飽きることがない。

(独立自尊、 創造的な精神がみなぎる日本の再生)

長州藩が維新回天の原動力となり得たのは産業振興を行い、乱れた世をととのえ、苦しんでいる民を救う経済力を持ったからであった。即ち、農村の生産者や、 都市部の中小企業者と提携し、大都市の豪商や、農村部の豪農とに頼らず、長州藩自ら、殖産興業を行った。即ち「直接生産者と結びついて、煩わしい仕事をす るよりも、萩城下町の御用商人と結んで、彼らに実務を扱わせたほうがいい。藩務に専念できる。」という俗論を退け、「そんなことをすれば、間に入る者が利 益をかすめ取って生産者の富がはなはだしく減らされる。やはり直接ものをつくった生産者の利益を優先すべきだ」という正義の論を採用したのである。

我々、営業支援隊は大企業等の組織に囚われの身であり、独立自尊が達成されておらない有意な人材をこのような組織から解き放ち、彼らを独立自営商人として 活性化するための受け皿を構築する。 創造的精神・進取の気質に溢れる中小・冒険企業の独立自尊を達成するためにはかつて長州藩が自らが行ったように、中小・冒険企業自らが営業を行い、その製 品・商品を日本あるいは世界に向かって販売しなければならない。しかしながらその営業を実行可能とする有意な人材を中小・冒険企業は欠いているのが実情で ある。

全国の因循な組織から離れ、独立自営商人として、全国の草の根の志士が今 こそ、「草莽崛起」を合言葉に立ち上がらなければならない。営業こそが中小・冒険企業の独立自尊を可能とする尊い・創造的な行為であることを深く認識・理 解し、独立自営商人は中小・冒険企業の独立自尊のために、日本のみならず世界に向かって、営業に羽ばたくのである。

我々日本人一人一人の独立自尊が確立されてのみ、進取の気性に富み、創造的な精神がみなぎる日本が創出されるのである。いざ、全国の草莽の志士よ立ち上が れ!! 「草莽崛起」!!

(戦略)

現在組織に縛られている有為な独立自尊の意思を持つ人材の独立自尊を営業力強化の場の提供等を通じて開放する。

上記で開放した人材を活性化し、生活、環境、福祉、情報に関連する新規事業に単なる下請としてではなく独立自尊の意思を持ち挑戦する企業を営業面で支援する。

営業力強化を情報の連携化で推進することにより、失われた“繋がり”を回復し、“安全・安心で効率的、環境に優しい、心豊かな社会”を実現する。

(実現の方 法)

(1)「独立自営商人」の形成

現在組織に縛られている有為な人材を解き放ち、人材の流動化に促進するため、物理的、精神的、両面からの支援を行い、「独立自営商人」の形成を推進する。 彼らの独立を実質的なものとするため、情報の連携化(公開化・迅速化・分散処理化を含む)を推進する。

(2)「現場目利き人」の活用

環境、福祉、情報に関連する新規事業に挑戦する企業に対し、「独立自営商人」の情報を情報の連携化を通じて彼らに提供するとともに、必要に応じて事業分野 毎に専門家・職人として目利きの出来る「現場目利き人」を発見・提供・活用することで、営業力強化の実効を挙げる。

(3)独立自尊の達成

営業力強化による売上によってのみ、経済の血液たるお金が還流していくことを体現することで、独立自営商人及び新規事業に挑戦する企業の両者が真の意味で の独立・自尊を勝ち取ることが出来る。

以上